✔ 学習ポイント
フロイトは、心を動かすエネルギーをリビドー(生命エネルギー)と提唱しました。
リビドーはイドに貯蔵され、エゴやスーパーエゴが発散の調整をします。
幼少期にリビドーが適切に満たされないと、その段階に固着し、特定のパーソナリティが形成されます。フロイトは、この発達段階を口唇期、肛門期、男根期、潜伏期、性器期に分類しました。
リビドーとは何か説明してください。
フロイトが提唱した、心(心的装置)を動かすための本能的な性的な衝動のこと。広義には、食欲などを含む生命エネルギー全般を指し、イドに貯蔵されています。
リビドーが適切に満たされない場合に生じるとされる「固着」とは、どのような現象?
フロイトが提唱した概念で、幼少期の各発達段階(口唇期、肛門期など)において、リビドーが適切に満たされない場合に、満たされなかった欲求に対する強い執着が生じる現象を指します。また、これは特有のパーソナリティ傾向が形成される原因となります。
例えば、口唇期にリビドーが過剰に、または不十分に満たされない場合、大人になっても「吸う」という行為(喫煙)や「口に入れる」という行為(過食、飲酒)への執着が残ることがあります。
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フロイトとリビドー
皆さんはスマートフォンが何をエネルギーに動くのかご存じでしょうか。それはもちろん、電気のエネルギーがスマートフォンという装置を動かしているのです。
では、心は何をエネルギーとして動くのでしょうか。
フロイトは局所論、構造論を通じて心の構造である心的装置を示しました。そして、その心的装置を動かすエネルギーとして、フロイトが存在を提唱したのが「リビドー」です。
リビドーとは
では、リビドーとはどのような概念なのでしょうか。
フロイト自身はリビドーを「性衝動のことだ。飢餓と似たようなもので、空腹時に衝動的に摂食するように、性衝動を起こす力である」と述べています(小此木, フロイト精神分析入門)。
つまり、リビドーとは心を動かすための本能的な性的な衝動、簡単に言えば、生命エネルギーのことなのです。
とは言え、「生命エネルギー」という表現もかなり曖昧ですね。そこで例えば、生命エネルギーの一種である、空腹を感じた場合のプロセスを考えてみましょう。
- 空腹を感じる
- 頭の中でおいしかったものを思い出す
- 食べたいものを決定
- ごはんを食べる
- 空腹感を解消
「空腹」という欲求が「食べる」という行動を引き起こし、その欲求の解消を試みています。もし、空腹を放置すると欲求はさらに増し、欲求の解消のために、本能のままに手当たり次第にお菓子を食べてしまうかも知れません。
このように、人の心の方向性と強度を決定するエネルギーこそがリビドーです。
イドとリビドーの関係
先ほどの空腹を解消しようとする話で「イド」のことを思い出した方は鋭いです。
イドにはリビドーが貯蔵されていると考えられています。イドはリビドーの源でもあり、貯蔵庫の役割をしているのですね。

ただ、このリビドーが蓄積している状態は、人間にとって不快な状態と言えます。そのため、リビドーを発散すべく、イドから生じる衝動をエゴが現実原則に基づいて調整し、スーパーエゴがそれを監視する形でリビドーは人の心的装置を動かしているのです。
リビドーの備給
リビドーがイドに蓄積されていることが分かり、心的装置を突き動かすことも分かりましたね。では次に、心を突き動かす対象について考えてみましょう。
イドは不快なことを避けるか、快を求める快楽原則に則るのでした。ということは、何かしら「快・不快の対象」が必要なのです。
例えば、人を好きになるのにも、対象の「人」がいなければ始まりません。
人は内外に刺激を受けると、その対象にリビドーを備給(cathexis)します。人を好きになればその人にリビドーが備給され、お腹が空けばお腹にリビドーが備給されるというイメージです。
ところで、リビドーが備給された状態が不快であり、発散されれば快を感じることに気が付きましたか?
恋も片想いは心苦しく、両想いとなれば幸せですよね。これはまさにイドが目指すところであり、イドの働きを調整するためにエゴとスーパーエゴも働くのです。
フロイトの発達理論
前項で、内外の刺激によってリビドーが備給され、それがイド、エゴ、スーパーエゴの働きによって発散される、という基本的な心のメカニズムは理解できました。リビドーの発散は、私たちが大人へと成長する中で身につけ、ある程度は自己調整が可能な働きです。
しかし、生まれて間もない乳幼児にとっては一大事だと言えます。なぜなら、乳幼児のエゴやスーパーエゴは未成熟であり、イドに従ってリビドーを適切に発散することは困難だからです。にもかかわらず、様々な内外の刺激は絶え間なく生じ、リビドーは常に備給されています。
もし、リビドーを適切に発散することができなければどうなるのでしょうか。
リビドーが適切に満たされないと、満たされなかった欲求に対する強い執着が生まれます。また、これは特有のパーソナリティ傾向が形成される原因となります。フロイトはこの現象を「固着」と呼びました。

フロイトは乳幼児の発達段階を、特にその時期にリビドーが集中する性感帯を基準に「口唇期、肛門期、男根期、潜伏期、性器期」に分けて考案しました。各段階で生じる固着とパーソナリティ傾向の観点を含めて、乳幼児の発達の過程を確認していきましょう。
口唇期
年齢:0歳〜1歳半
母乳を得ることが重要となるこの時期は唇にリビドーが備給され、授乳されることで発散されます。ここでは「吸う」という行為自体が快楽の源になっています。適切にリビドーが発散された場合には基本的信頼感を獲得するとされます。
固着:口唇性格
口唇期の固着は、リビドーが発散されなかった場合には悲観的な、過剰に発散された場合には依存的なパーソナリティ傾向を形成します。例えば、タバコやアルコール中毒、他人への依存が生じやすくなります。
肛門期
年齢:1歳半〜3歳
社会規範を学び始め、トイレット・トレーニングを受けるこの時期は肛門にリビドーが備給されます。排泄物の我慢と解放を体験するこの時期は心理的に両価性を体験する時期でもあります。適切なリビドーの発散は規範を遵守する力と自律性を育みます。
固着:肛門性格
肛門期の固着は、ある時は強迫的に真面目なのに、ある時にはルーズという極端な2面性のあるパーソナリティ傾向を形成します。
男根期(エディプス期)
年齢:3歳〜6歳
リビドーが性器に備給され、性差に意識が向いたり、自慰行為もみられたりする時期です。
また、この時期には異性の親に対する性愛感情を抱く「エディプス・コンプレックス」という葛藤が生じる時期でもあります。この葛藤を乗り越えることで、性役割の獲得や、超自我の形成がされるようになります。
エディプス・コンプレックス
男根期の男児は母親に恋をし、母と仲の良い父親を憎むようになります。しかし、この感情が父親にバレると罰としてペニスを切り取られてしまうのではないかという去勢不安も同時に抱くようになります。
「母親を独り占めしたい。ならば父親が邪魔だ。けれど、父親には勝てないからどうしようもない」という心の葛藤です。
子どもはこうした葛藤を乗り越え、母親への性愛感情を放棄し、父親に同一化することで超自我を獲得することが可能です。
ちなみに、エディプス・コンプレックスの語源は、知らずして父親を殺し母親と結ばれたもの、その罪に後々気づいた悲劇の王エディプス(オイディプス)のギリシャ神話に由来します。
エレクトラ・コンプレックス
エディプス・コンプレックスの女児バージョンで、こちらはユングが提唱しました。女児の場合には、自身にペニスを与えなかったという恨みの感情も母親に抱くとされています。
しかし、この説に対する批判は多く、エディプス・コンプレックスと比較するとそれほど浸透していません。
固着
男根期の固着は自信過剰さや性役割の混乱を招くとされます。見栄っ張りや消極的な性格、マザコンやファザコンになりやすいと考えられます。
潜伏期
年齢:6歳〜12歳
この時期はエディプス・コンプレックスを経てリビドーが一時的に抑圧され、性的関心が薄れる時期です。
学校教育が始まり、外界との関わりの中でスーパーエゴを発展させます。この時期には固着もなく、パーソナリティの中核がある程度安定する時期とされます。
性器期
年齢:12歳〜
この時期には抑圧されていたリビドーが再度活性化し、性的関心も強くなります。
これまでは体の一部分に焦点を当ててリビドーが備給されていましたが、性器を中心にまとまる、性器統裁という状態になります。この状態では自他を一人の人と認識して、自身の性感帯だけではなく異性にもリビドーを備給し、性的な関係を希求するようになります。
問題
リビドーとは何か説明してください。
フロイトが提唱した、心(心的装置)を動かすための本能的な性的な衝動のこと。広義には、食欲などを含む生命エネルギー全般を指し、イドに貯蔵されています。
リビドーが適切に満たされない場合に生じるとされる「固着」とは、どのような現象?
フロイトが提唱した概念で、幼少期の各発達段階(口唇期、肛門期など)において、リビドーが適切に満たされない場合に、満たされなかった欲求に対する強い執着が生じる現象を指します。また、これは特有のパーソナリティ傾向が形成される原因となります。
例えば、口唇期にリビドーが過剰に、または不十分に満たされない場合、大人になっても「吸う」という行為(喫煙)や「口に入れる」という行為(過食、飲酒)への執着が残ることがあります。
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